銀行員として上海で過ごした1990年代半ばからの10数年は今の貴重な財産
大学時代に中国語に出会い、1980年代半ばに上海での中国語短期留学を経験。昭和62年に銀行に入行し、当時は海外勤務希望者の中でも人気のそれほど無かった上海支店勤務を願い出ました。現在のように日本企業進出リストも無く、朝から晩まで上海市内のオフィスビルを最上階から全てのフロアーを周り、日本企業のオフィスと思われるところへアポ無し飛び込み訪問を繰り返していました。おかげさまで上海市内の道の名前をほぼ覚える事ができるようになりました。
一旦、日本へ帰任した時期もありますが、日本で中国営業推進関連部に所属し、結果として銀行での中国ビジネスは約15年。1,000社を超える日本企業の中国進出へのアドバイスを行ってきました。銀行の本業である預金、融資、外為だけではなく、税務、法務、労務など中国でのビジネス全般のサポートや、中国企業との合弁交渉、中国企業による日本企業への出資交渉など、いろいろと経験を積ませていただきました。この時期に中国の友人も数多く出来たことは、今の財産になっています。
M&Aアドバイザリー企業での中華圏責任者としての仕事は“日本にとってプラスかどうか”
その後、独立系M&Aアドバイザリー会社の中華圏事業責任者、上海・台北の2つの拠点の代表、として9年間。中国の友人の力も借りながら、日本企業と中華圏企業との資本業務提携案件を数多く手掛けました。M&Aの業界では、日本企業と中華圏企業との案件規模は一部の例外を除き、あまり大きなものではありません。しかし自分にとっては大きさではなく、その案件が日本にとってプラスかどうか、日本企業として組む相手の中華圏企業の経営者が自分から見て信頼に値する人物かどうかの判断のもと、丁寧に仕事をしてきました。
この度の起業を決意しましたのも、もっと幅広く日本企業と中華圏企業との相談にお応えできるようになりたいとの思いからであります。自分をここまで成長をさせてくれた中華圏との関わり合いを、日本企業のお役に立てたいと考えております。